2nm以降の先端半導体が生み出す製造環境とは何か
産業技術総合研究所 先端半導体研究センター センター長 昌原明植氏インタビュー

製造ラインの高精度化はますます強く要求され、新しい製造装置を模索へ

産業技術総合研究所 先端半導体研究センター センター長 昌原明植氏

日本はようやく半導体に力を入れるような環境になってきました。2022年8月にラピダス社が設立され、2nmプロセスノードの量産工場を北海道千歳市に建設しています。2nm技術を開発するための技術研究組合LSTC(最先端半導体技術センター)もできました。国立研究開発法人産業技術総合研究所でも2nmプロセスノードの半導体を製造するための研究部門として先端半導体研究センターが2023年10月1日にできました。
半導体がコンピュータ、通信と並ぶITの三大要素であることが世界中で認識されようとしています。日本の半導体が再び世界のトップレベルと肩を並べられるように産総研が動き出しました。産総研の先端半導体研究センター センター長 昌原明植氏にこれからの半導体、製造技術および装置の駆動製品に求められるものについて聞いていきます。

産総研はなぜ先端半導体研究センターを設立したか

先端半導体研究センターの位置付けは、2nmプロセスノード以降のパイロットラインを作り、それを産業界やアカデミアなどに提供することです。その基盤を構築するために設立されました。昌原氏は、その前まで産総研の中のデバイス技術研究部門の部門長を務めており、2023年10月1日に先端半導体研究センターのセンター長に就任されました。

なぜ設立されたのかの経緯を振り返ってみると、ラピダス社が2022年8月に誕生する前の議論から始まります。現状の日本には半導体製品の応用先が自動車産業向けなどしかなく、かつてのようにテレビやVTRのような巨大な需要がありません。半導体の世界では、日本の製造装置メーカーや材料メーカーが世界的に強く、海外売上比率が高いのです。このままでは製造技術も海外に流れていってしまうのではないかという危惧がありました。そこで、東京エレクトロンとSCREEN、キヤノンと産総研が一緒になって、産総研スーパークリーンルーム内に最先端の3次元構造ロジックデバイスを試作できるパイロットラインを構築するというプロジェクトが進められました。

産業技術総合研究所スーパークリーンルーム
産業技術総合研究所スーパークリーンルーム 提供:産業技術総合研究所

これまで、このスーパークリーンルームは産総研の中のTIA(つくばイノベーションアリーナ)推進センターが管理していました。このため産総研のデバイス技術研究部門がクリーンルームを使わせてもらうという立場でした。そこで、このたび、スーパークリーンルームの運営とそのスーパークリーンルームを活用した研究開発の両方を担う先端半導体研究センターが設立され、そのセンターが主体となって、スーパークリーンルーム内に2nm以降のプロセスノードを持つデバイスを試作するパイロットラインを構築することになりました。

LSTCとの役割分担をどうするか

ラピダス社は、現在、2nmプロセスの量産に注力しています。その先、すなわち2nm以降(ビヨンド2nm)の半導体デバイスの研究開発を進める機関として、技術研究組合LSTC(最先端半導体技術センター)という研究開発組織が生まれました。ラピダス社はLSTCの一員です。LSTCは2nm以降の先端半導体の設計・製造に必要な研究開発テーマを策定し、新たなユースケースを創出することを掲げています。

LSTCは、デバイス設計だけではなく、材料開発や、装置、要素開発まで含んでいます。産総研のデバイス技術研究部門はLSTCにも参加しており、昌原氏はLSTCの技術管理本部長も兼任しています。つまり、産総研の先端半導体研究センターはLSTCの実働部隊としての役割もあるのです。

先端半導体研究センターは、2nm以降のデバイスをラピダス社が量産する前に、デバイスを試作し、様々な問題点を洗い出し、スクリーニングした後で、量産ラインを構築中のラピダス社にデバイスを移管するという役割を担おうとしています。

次世代の半導体は何に使われるのか

生成AIのような大規模なソフトウエアで学習させるためには、計算能力が膨大になりますので、超高性能な半導体が必要になります。さらにIoTセンサやクルマのECUの中にもAIが使われ、AI処理が求められるようになります。

「ユースケースを2つ挙げるとすると、1つは、ロボットを活用したリモートリアルワークです。工場やオフィスなどの現場で作業するロボットをリモートで操作するのです。カメラをロボットの目の位置だけでなく、ほかからのカメラも備えて自由視点での画像をリアルタイムで出力させることが重要です。これは簡単な技術ではありませんが、少子高齢化による労働力不足を補うような応用になります。もう1つは、IoTセンサのデータ処理を行うAIチップです。自然災害を防ぐために、例えば土砂崩れを予知するようなマルチモーダルセンシング(同時刻に各種の状態をセンシングする)を処理するチップとなります」と昌原氏は述べています。

2nm以降はGAA構造のFETを可能な限り活用

2nmプロセスノードでは、GAA(ゲートオールアラウンド)構造のトランジスタが使われるようになります。昌原氏は、「このGAAはできる限り延命させようと思います。2nmから1.4nmなどを経て、0.5nmノードに来ると、nチャンネルMOSトランジスタにpチャンネルトランジスタを重ね合わせたCFETに恐らくなるでしょう」と見ています。

GAAトランジスタ IBMが2021年5月に発表した2nmプロセスノードのトランジスタ 出典:IBM Corp.
GAAトランジスタ IBMが2021年5月に発表した2nmプロセスノードのトランジスタ 出典:IBM Corp.

昌原氏の予想は以下のように続きます。「そうなると製造装置は現状の技術の延長でグレードアップしていくのではないかと思います。例えば、エピタキシャル成長技術はドーパントを入れたり、新しい面方位で成長させたりするなどの技術が出てくる可能性があります。このため精度やクリーニング能力を上げるとともにスループットを低下させないことも求められるでしょう」

用語解説

  • エピタキシャル成長技術:原子が規則性をもって並ぶ結晶面上に垂直方向に原子が規則正しく成長させる技術
  • ドーパント:半導体結晶ではn型にするために5価のAs(ヒ素)やP(燐)の不純物を添加しますが、その意図的に添加する不純物のこと
  • 結晶の面方位:結晶は原子が規則正しく並んだ結晶面が等間隔に積み重なってできています。結晶をある方向で切った面上に存在する原子が規則正しく並んだ結晶面に垂直方向の向きを面方位と呼びます。
  • スループット(Throughput):単位時間当たりに処理されるウェーハ枚数のこと

製造技術はモニタリングやグリーン化に進む

「その先の2次元チャンネルとなると新しい装置が生まれるようになるでしょう。新しい装置では、モニタリング技術が重要になります。ガスの流れをモニターしながら、レイテンシの少ない正確なタイミングで高速にガスを切り替える必要が出てくるでしょう。また製造装置そのものは低環境負荷にすることも要求されるでしょう」と言います。

先端半導体研究センターでは半導体プロセスのグリーン化、脱炭素化を行うプロジェクトもあります。そうなると、「環境や工場に関する新しい指標が求められるようになります。先端半導体を作っているTSMCやIntelなどからも新しい環境指標に関するアイデアが出てくるでしょう。日本側からも新しい指標を提案していく必要があります。今までは工場全体の入力に対して出力がどのくらいのCO2かという指標ですが、これからは装置ごとの指標を創出する必要が出てくると思います。スーパークリーンルームやミニマルファブなどを活用しながら進めていこうと思います」と昌原氏は述べています。

チップレット利用の先端パッケージの研究も開始

TSMCが産総研の中に3次元IC研究開発センターのクリーンルームを持っていますが、パッケージング技術はどう変わるでしょうか。パッケージングといっても従来の後工程とは違い、チップレット同士を結ぶ配線を微細化しガラス基板などで製造するとなると、前工程に近くなります。産総研はチップレットを標準化しようという組織であるUCIe(Universal Chiplet Interconnect Express)にも参加しており、IntelやTSMCなど経営判断の速い海外企業と付き合いながら遅れないようにしています。

産総研では、20/28nmから40nm、65nm、90nmなど様々なチップレットを作りいろいろ組み合わせられるようにし始めています。メモリやCPUはあらかじめ用意しておけば、日本企業はAIアクセラレータだけを開発すればよく、SoC(System on a chip)を早く作ることができます。このチップレット型カスタムSoC設計基盤技術を構築して、「産総研から提案していきたい」と、昌原氏はその意気込みを語ります。

国際連携はラピダス社をはじめ、始まっています。「日本にはない技術を学んでおり、日本から海外へ出せる技術は出していきたいですね」と昌原氏は期待しています。ただ、国際連携では知財問題をどう扱うのかといった国立研究所ならではの問題もあり、そう容易ではないものの、VLSI Symposiumなど国際会議では海外の研究者たちとも草の根的に交流しています。可能な連携は進めていく姿勢を見せています。

PROFILE

昌原 明植(まさはら・めいしょく)博士(工学)

昌原 明植(まさはら・めいしょく)博士(工学)
産業技術総合研究所 先端半導体研究センター センター長

1995年3月 早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了
広島大学廣瀬CRESTプロジェクト研究員
早大材研講師
2002年 産業技術総合研究所入所
以来一貫して最先端CMOS技術に関する研究開発に従事
2005~06年 imec客員研究員
2006~07年 経済産業省情報通信機器課
2023年10月~ 先端半導体研究センター長
明治大学客員教授
応用物理学会理事
LSTC技術開発管理本部長

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